はじめまして

オーストラリア

こんにちは、Sydney Running Concierge です。

2021年になったから、というわけでもないのですが自分のブログサイトを作りました。

…とはいえ、まだ分からないことだらけ、この先どうなるのか?

まずは、自己紹介ですよね!

ざっとした流れ

横浜育ちで、その前には父親の仕事のためにシンガポールに10歳から4年ほど住んでいました。とても楽しい海外生活だったので、いつかまた海外に行きたいという思いが日本に帰ってからもずっとありました。

大学では歴史を専攻していたのですが、大学時代はご多分に漏れずあまり勉強はせずバイトに精を出してました…やってたバイトは、新幹線の車内販売員というまあちょっと変わったものでした。

吾輩は、時速275キロでコーヒーを売っていた|走るコンシェルジュ
これは、時代がちょうど昭和から平成になる頃の話だ。 もうじき半世紀になるオレの人生の中でいちばんバカをやっていた時期は、間違いなく時速275キロでコーヒーを売っていた時だ。 何気に見たアルバイト情報誌に載っていた、東北、上越新幹線の社内販売員募集広告。 新幹線に乗っていると時々現れる、ワゴンサービスでコーヒー、ビ...

このバイトがきっかけで接客業が面白くなり、歴史とは全然関係のないホテル業に道をそれ、地元横浜のホテルで3年ほど勤務しました。ホテルの仕事はとてもやりがいがあり、この仕事を続けるなら英語は必要だろ!と思い、海外留学を決断。

数ある英語圏の中からなぜかオーストラリアはシドニーを選び、何かのご縁で現在に至っているわけです…もうシドニー在住20年以上、日本より住んでいる年数が長くなりました。

仕事

日本で就職してから現在までずっとホテルで働いています。

しかも、フロントオフィス一本やり。つい最近まではその中でもコンシェルジュだけをやっていたという、よく言えばスペシャリスト、悪く言えば融通が利かないおっさんです。

コンシェルジュの国際協会である、レ・クレドールの会員です。これは自分で言うのもなんですが、全世界で5千人ほどのプロフェッショナルなコンシェルジュの集まりなので、誇りに思っています。

その辺の経緯はnoteで書きましたので、結構長いですが興味があれば…。

オーストラリアに行ったら、レ・クレドールのコンシェルジュになった|走るコンシェルジュ
ロックダウン中のシドニーで、私の職場であるホテルは、影響をもろに食らっています。時間だけはいやというほどあるので、どうやって現在の自分が出来たのかを振り返ってみました。なんせ20年にわたるストーリーなので、分けて書いていきます。 まずは、ホテルに就職した理由から そもそも、大学の専攻は歴史だったのでホテル業界とは...

ただ残念ながらCovid-19の影響をもろに受け、勤めていたホテルをリストラされました。それでも過去の縁から別のホテルに再就職できました。ただ、仕事はナイトマネージャーなので、夜勤専従。夜11時から朝7時までといういわば普通じゃないシフトで働いています。

趣味など

趣味と聞かれたら、ランニング、と迷いなく答えます。

が、学生時代は運動は嫌いでしたし、シリアスに走り始めたのは、ここ15年くらいかなあ。

そして、ランナーの常として(でもないか)、ビールが好き。オーストラリアはもともとビール飲みが多いけど、最近はクラフトビールがとても盛んになってきているので、さらに楽しいことになってます。身体には余り良くないかもしれませんが。

コンシェルジュという職業柄、シドニーのあちこちをめぐるのが好きです。美術館、博物館、コンサート、観光地…。

昔から書くことが好きだったのでこんなブログもやっているわけですが、先述したようにnoteでもあれこれ書いてます。Twitterもちょくちょくやっているのでフォローしてもらえれば、シドニーのアレコレが分かる…かも。

このブログで何をしたいのか?

一言でいうと、シドニー情報です。

ただ、ほかにもたくさんのブロガーさんがいて、オレが書いても読む人いるんかな…という恐れもあります。

ただ、ざっと見るとシドニーのブロガーは女性の方が主流のようだし、男性のは仕事、英語習得といった堅いテーマが多いような気がします。

というわけで、ランニングのことを書いたり、シドニーのカルチャー(ビールも含む!)を書いていこうかな…。

あ、もちろん自分の仕事のことも書かなくては!オーストラリア、シドニーのホテルの現場で働いている日本人ってほとんどいないので、こちらのホテル事情や、ホテルを利用するときのヒント…みたいなことも書きたいですね。

と、ざっと自己紹介と、このブログの方針(ってほどでもないか)を書きましたが、どうぞお付き合いくださいませ!

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